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祖父が他界

2月2日、朝の事でした。



その日の朝は、いつもと同じく仕事へ出発する準備をしていました。
相変わらず体調は吐き気を伴っていて、いつも通り。
母は先に仕事に出発しており、家にいたのは私だけでした。
そんな時に、自宅の電話が鳴り響きます。
「こんな時間に…?」
普段から自宅の電話は取らない私は、いつも通りにスルー。
ただ、その後がいつもと違いました。

留守番電話が応答して、相手はメッセージを吹き込んでいました。
留守電って、メッセージを吹き込んでいる間も相手の声が聞こえるのですが、
その声は…祖母です。
普段なら留守電なんかにメッセージを吹き込まない祖母が、
珍しくメッセージを吹き込んでいるのです。
(これは何かがおかしい…)
そんな、嫌な予感がしながらメッセージを聞いていると…
「おじいさんが危ないと連絡があった」
…といった内容の事を話しているではありませんか。
私はとっさに折り返して電話をし、祖母と直接話しをしましたが、
やはり、祖父が危険であると、病院から連絡があったとの事で、
この後、すぐに病院に向かうのだそう。
…まさかとは思いましたが、本当に、その『まさか』でした。

祖母と話を終えた私は、すぐに母に連絡を入れます。
母は既に職場に到着しており、そこから直接病院に向かうとの事でした。
私も祖父の元へ向かう為、母との電話を終えた後、すぐ職場に連絡をし、
大急ぎで身支度を済ませ、病院に急行しました。


私が到着すると、既に祖父の周りには祖母・叔父さん・母がおり、
医師から説明を受けていました。
その時、私の目に飛び込んできたのは、心電図のモニターです。
『0』
…心拍、血圧が共に0と表示されたモニター、
そして、それを知らせるアラート…
ハッとして祖父を見ると、もうピクリとも動きません。
「遅かった…」
最初に私の口から漏れた言葉は、その一言。
…もはや、声にすらなっていませんでした。
その後は…もう声を出す事が出来なかったです。
その光景が、私にはショックすぎました…

後に、最初に到着した叔父さん・祖母も、
既に間に合わなかったのだと聞かされました。
医師は30分もの間、心臓マッサージをして下さっており、
最後の説明で『救命救急の限界』と説明されました。
…もうガリガリにやせ細っていた祖父、
『老衰』だったんだと思います。
直接的な死因は『後天性血友病』でしたが、
やっぱり老衰も重なっていたので…

医師からは、朝は職員と会話をして、特に問題は無く、
急に心拍が落ちだした。…との事でした。
家族の誰からも、見取られずに逝ってしまった祖父…
本当に残念で、無念です。
2月2日、午前8時27分、享年83歳でした。


その後、私は仮通夜・通夜・葬儀の全てに出席し、
祖父と最後の別れをしました。
祖父の前では泣くまいと、ずっと思っていたものの、
出棺前、最後の飾り付けの時、
私が折った千羽鶴が御棺に入れられた時は、
さすがに耐え切れられず、祖父から顔を隠して泣きました。
…やっぱり、見せられませんので、泣き顔なんて…



私は小さい時から『おじいちゃんっ子』でした。
祖父からは色々と教わり、小さな事から大きな事まで、
本当に色々と教わり、体験させてもらいましたね。
今の自分の土台として、祖父から教わった事が色々とあるからこそ、
こうして土台の上に成り立っているのだと、心底思っています。

小さい時は本当に迷惑を掛けたと思いますし、
私の人生の中で、何か祖父に出来た事はというと…
何かあったのかな…
千羽鶴は送る事が出来ましたが、他には…
何か…出来たのかな…
その事が、今でも後悔として残っています。


『人はいつか亡くなるもの』
そんな事は、重々承知していました。
これでも介護の世界にいた時がありましたから、
余計に、そういった事には意識が向いてはいました。
それでも…やっぱり敬愛していた家族が亡くなるというのは、
分かっていてもショックが大きいですし、
何も出来なかった自分が、もどかしく思います。
もっと元気でいてほしかった…
何故、最初に脳梗塞で倒れた時に、
声を大にして『手術を…』と言えなかったのか…
もし手術をしていれば、二度目の脳梗塞は起きなかったのかもしれないのに…
祖父の意思を尊重しすぎて、自分の意思を伝えられなかった、当時の自分…
本当に悔やまれます。

自分は、どうあるべきなのか。
どうあるべきだったのか。
…とにかく悔しいです、自分自身の至らなさが。
本当に、自分はどうあるべきなのか。
考えなくてはなりません。



最後に…
祖父の冥福を祈り…

合掌

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No title

お久しぶりです。
こういう時に、どう書けばいいのかわからないですが
とにかく書きたくなったので書かせていただきます。

おじいさまが亡くなられたのですね。
僕も親戚の叔父を亡くしたことがあるので
どうしてあの時に、という後悔の気持ちはわかるような気がします。

僕はその叔父を亡くした時に
考えたことがあります。
「何か残しておけるものはないのか」
人は必ず死ぬものです。しかし、写真を撮ったり
話したことを書き留めたりしておけば、今はわからずとも
あとで見返せば何かを学べるかもしれない。そう考えました。

今のところ、なかなか実行に移せていません。
もう1度日々の生活を見なおして見ようと思います。

僕の祖父も80代です。
最近ボケがひどくなってきていて、それに対して考えはあるんですが
なかなか口には出せないものですね。遠回しにでも伝える努力
をしてみます。

今のうちにできることを、
後悔のないように考えてみたいと思います。

最後に、岩田さんのおじいさまのご冥福をお祈りします。

失礼しました。

珍しいMU使いさん、コメントありがとうございます。
お返事が遅くなり、すみません…!

お悔やみのお言葉、痛み入ります。


> どうしてあの時に、という後悔の気持ちはわかるような気がします。

よく『後悔先に立たず』と言いますが、まさに言葉通りとなってしまいました。
亡くなってから悔やんでいても、既に手遅れな訳ですが、
生前に何か出来ていたのか、それによって祖父本人はどう思っていたのか…
今となっては分かりません。
分からないからこそ、生前に自分が納得出来る事をしておかないと、
こうなってしまうんだな…と。

私はこれまでに、母方のそう祖母と、父方の祖父を亡くしています。
その時は、自分はまだ未成年だったり、
あまり深く関わりが無かった身内だった事もあってか、
ここまで考えた事も無かったのですが、
母方の祖父は、幼い頃から色々と教えてもらって、親しかったので…
そういった事もあり、今回は色々と考える所があります。
自分自身、どうあるべきなのか…と。


> 今のうちにできることを、
> 後悔のないように考えてみたいと思います。

家族や家庭環境によって、個人個人の『出来る事』は変わってきますから、
珍しいMU使いさんも、ご自身に合った『出来る事』を探してみて下さい。
でも、それは決して『背伸びをする』事ではなく、
自分自身が出来る事を、勇気を持って行動に移す事が大切なんだと、
今になって思います。

『後悔先に立たず』
私の様に、後から悔やむ事になると、
それが一生、付きまとう事になるかもしれません。
どうか、後悔の無き様に…
プロフィール

岩田

Author:岩田
素敵なドラゴン、いないかな…

ドラゴン・龍・爬虫類好きな、
ドラゴンノベルを書いてる人。
趣味は和太鼓・DTM・自動車関係・自転車・ラジコン・
ゲームなどなど。

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