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センコークーラとの思い出 《戦いの終わり》

『岩田へ

 そろそろDD・ポケモン・レジェンズのカードすべて

 やめます。

 そうゆうわけで いらなくなったDDのアンコ・R・HRは

 キミに上げます。(コモンは、すべてすてたから ないよ)

 黄色いファイル×2とボックス×1を、津島のお店の

 おばちゃんに あずけておきますので、にるなり

 やくなり、使うなり、絵の資料にするなり、すてるなり

 すきにしてください。

 一応、デッキは、家に封印してあるから、大会とかあったら、

 呼んでくれてもかまいません。(ひまならば行くかも。)

 というわけで Tによろしく言っといてくれ。

 じゃ~な~。
             by M』


これまでの記事はコチラ↓
『センコークーラとの思い出 《出会い》』
『センコークーラとの思い出 《マンガとの出会い》』
『センコークーラとの思い出 《初めての公式大会》』
『センコークーラとの思い出 《新天地へ》』
『センコークーラとの思い出 《カード仲間》』
『センコークーラとの思い出 《修行の日々》』
『センコークーラとの思い出 《出会いの再来》』
『センコークーラとの思い出 《2回目の名古屋大会》』
『センコークーラとの思い出 《デッキの再編》』
『センコークーラとの思い出 《それは…神と戦う者の名》』
『センコークーラとの思い出 《宿敵》』
『センコークーラとの思い出 《光と風と》』
『センコークーラとの思い出 《3回目の名古屋大会に向けて…》』
『センコークーラとの思い出 《3回目の名古屋大会!》』

それは突然の事でした。
Mさんからメールが入った後、私は津島のお店に向かいました。
そこでおばちゃんから渡されたのは、Mさんのドラドラカード。
そして、そのボックスの中に入っていたのが、上で書いた文が書かれた手紙です。



ーーその出来事が起こる前…ーー


3回目の名古屋大会で華々しい結果を残した私。
公式大会で2位となった喜びもつかの間、ドラドラは縮小の一途を辿ります。
各地で行われていた草大会もほとんど無くなってしまい、
拠点としていた津島のお店でも、人が集まらずに草大会は中止。
挙句の果てには、
私の近所でドラドラカードの取り扱いがどんどん減っていってしまうという、
もう目も当てられないというか、当てたくない状況になってきてしまいました。

そんな中、ドラドラカードでは最後の弾が発売されたのですが…
私の近所では全く取り扱いが無く、どこを探しても見当たらないのです。
この時は、本当にドラドラが終わってしまうという、
そんな現実を突き付けられていましたね。
センコークーラと共に戦うのも、もう無くなってしまうのかもしれない…
そう思いながら、デッキのカードを1枚1枚見たりもしました。

公式大会の後はというと…
草大会はほとんど開かれず、
拠点としていた津島のお店でも、人数不足による中止が何度もありました。
あの公式大会の後は…ロクに対戦なんて出来なかったんですよね。
アリュンデッキも名古屋大会で使った後、使った記憶が無いですし、
それ所か、センコークーラのデッキで戦った記憶も無いのです。
つまり、アリュンデッキは名古屋大会でしか使わなかった…という事になりますね。

本当に、名古屋大会が最後の戦いだったというか、
本格的に戦えたのは、あの大会が最後でしたね。
もう、今までの様な対戦は行えなかったのです。
ブームの終焉…
もはや、それが目前まで近付いてきていました。


さて、最後の弾をどうしても手に入れたかった私は、
近くのおもちゃ屋さんに取り寄せをお願いしたのですが…
カードの取り寄せの場合、パックでは無理ですから、
当然『ボックス』での取り寄せとなります。
つまり…『箱買い』です。

箱買いは、叩き売りされていた古い弾でやった事はありましたが、
それは『値引き』されていたからです。
ただ、今回は値引きなんてありません。
定価そのままでの取り寄せとなります。
ちょっと予算的には厳しかったのですが、
最後の弾には過去のセンコークーラも再収録されているという事で、
どうしても入手したかったのです。
ですから、1ボックスだけ取り寄せをお願いしました。


…と、そんな箱買いをしたりもしましたが、
それからしばらくして、Mさんから連絡があったのです。
「津島のお店に預け物があるから、取りに行って」
…という感じの連絡でしたね。
それがまさか、Mさんがドラドラカード引退という事だとは思ってもいませんでした…
Mさんが引退という事をTさんにも伝えましたが、
もうこの頃には…ドラドラカードの人口は本当に減っていましたね~。
他の地域では分かりませんが、少なくとも私の周りでは…

Mさんがくれたファイル・ボックスには、
これまで見てきたカードが沢山入っていました。
Mさんと初めて会った時、
ファイルの中に入っていた『センコークーラ(セイバー)』
あの時は初めて見て「凄い」と憧れていましたが、
そのカードも何枚も重ねて入っていましたね。
他にも、私が持っていなかった『あの』カノープスだったり、
ライコーオー系統だったり、サンダーボルト系統だったり…
もう色々と入っていましたね。
無属性センコークーラや真龍なんかは入っていなかったのを見ると、
やはりそれらのカードはデッキインして手元にあったのでしょうが、
まぁ…その後は対戦する事が無かったので分かりません。


Mさんがカードを辞めた後、しばらくしてTさんもドラドラカードを辞めました。
そんなTさんからも、辞める時にカードを頂きましたね。
カードダスのボックスが…5つだったかな?
そのボックスの中に、ギッシリとカードが入っていました。

おっちゃんや他の仲間とは、名古屋大会後は草大会でちょこちょこ会いましたが、
ドラドラカードの終焉と同じくして、再会する事は出来なくなりました。
私達は、ドラドラカードのブームと同時に出会い、
そして、ブーム終焉と同時に静かに解散となったのです。


更に時が経ち、草大会も完全に無くなってしまい、
ドラドラカードは完全に幕を下ろしたのです。
この『終幕』で、私の戦いは終わりました。
長かった様で、あっという間に終わってしまった数年間…
思えば、私が高校生の間が調度、ドラドラカードのブーム時期だったんですよね。
あの時は本当に楽しかったし、色々な経験をしたと、つくづく思います。

そして、その色々な経験や出会いは、どれも素晴らしいものでした。
『一期一会』という言葉がありますが、
センコークーラと共に歩んだ日々は、
その全ての思い出が『一期一会』だったな…と。
MさんやTさん、おっちゃん、他のカード仲間や対戦相手、おばちゃん、
センコークーラを上げた子、センコークーラをトレードしてくれた方、
大会の運営スタッフの方…
もちろん、カードとしてのみならず、
センコークーラを通じて出会った人々は他にもいますし、
センコークーラを通じて出合った事もあります。
本当に…素晴らしい日々でした。


こうして、センコークーラと共に戦う日々に終止符が打たれました。
ですが、私とセンコークーラの旅は終わりません。
カードが終わろうと、ドラドラのマンガが終わろうと、
私は『親友であり、戦友であり、相棒である』このドラゴンと、
この先も旅を続けるのです…

続きはコチラ→『センコークーラとの思い出 《旅は続く…》』

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岩田

Author:岩田
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ドラゴンノベルを書いてる人。
趣味は和太鼓・DTM・自動車関係・自転車・ラジコン・
ゲームなどなど。

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